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UFC
概要アメリカのケーブルテレビのPPVで始まった企画ではあったが、それまでブラジルで行われた何でもありルールの「バーリトゥード」と呼ばれる総合格闘技を世界に本格的に紹介することになった。「金網、究極ルール」という演出に、世界中の格闘技関係者やファンに衝撃を与え、その後、世界各国において総合格闘技の大会が開催されるようになるなどの影響を及ぼした。
初期は体重無差別によるワンナイト・トーナメントであったが、その後は階級別でのタイトルマッチによりチャンピオンを決定している。
歴史草創期この大会をプロデュースしたのはブラジルのグレイシー一族の一人、ホリオン・グレイシーである。ホリオンは実弟のホイス・グレイシーをこの大会でデビューさせた。ホイスは、このルールを想定した練習体系を持つブラジルの格闘技グレイシー柔術を修得しており、危なげなくトーナメントを制覇。グレイシー一族の目論見であったグレイシー柔術のアメリカでのプロモーションは成功する。なお、ホリオンとホイスはUFCの運営方針を巡って衝突し、1995年のUFC 5を最後にUFCを離脱している。
ホイスが活躍した初期大会のPPVの契約数は数十万を獲得したとも言われ大成功を収めたが、それが逆に既得権益を脅かしかねないとボクシング業界の警戒感を抱くことになった。同時にまた当時のアメリカ共和党上院議員ジョン・マケインらを中心に暴力性に対して不健全であるとのバッシングも起こり、UFCは逆風に直面した。アメリカでスポーツを管轄する各州のアスレチックコミッションで興業の認可を得られずに開催地を規制の緩い州で転々とし、あるいはケーブルテレビでの放送を断られ、アメリカではマイナーな存在であるCSテレビでのPPVを余儀なくされ、UFCを主催するSEG社の経営状況は悪化していく。
初期の同大会は総合格闘技のセオリーがほとんど知られていなかったため、試合はさながら街の喧嘩のような殴り合いでしかなく、右手はボクシンググローブで左手は素手という姿の選手も現れ、格闘技の経験者からは酷評されることになった。また出場していた選手の流派は数多く、さらにはアマチュアからプロの格闘家まで多岐に渡っていたが、名の通った選手はパンクラスのケン・シャムロックと極真空手やリングスで活躍したジェラルド・ゴルドーのみで、殆どは全く無名の選手ばかりであった。ほぼ全ての選手が緊張し興奮した状態で試合をしていたのとは対照的に、的確に相手の急所に突きや蹴りを入れて決勝まで勝ち進んだジェラルド・ゴルドーは下り坂にある選手という評価を払拭し、ケン・シャムロックは2回戦でホイスのチョークスリーパーで敗れたものの、その後はUFCの顔としてホイスと好勝負を繰り返した。
日本では紹介され始めた当初、UFCを「アルティメット大会」、あるいは単に「アルティメット」と呼称することが多かった。アルティメットあるいはアルティメット大会はUFCのみならず、同種の何でもありルールの大会の代名詞としても用いられた。今日では一般に本国アメリカと同じく、日本でもUFCと呼ぶのが通例である。
現在初期のUFCはワンデイ・トーナメント形式であったがボクシングの様な階級制になり、ルールも整備された。またUFCとは無関係のローカル大会が多く開かれるようになり底辺も広がった。さらにアマチュアレスラーが多く台頭したこともあり選手のレベルが向上した。結果初期の様な喧嘩さながらの試合はなくなり、より洗練された格闘技となった。特定の格闘技のバックボーンを持たない喧嘩屋タンク・アボットをブラジルの柔術家ビクトー・ベウフォートがボクシングテクニックでKOしたUFC 13での試合は、喧嘩から格闘技へと進化したUFCの象徴的な出来事であろう。
2001年にUFCの運営母体がSEGからズッファ社に変わったことでUFCは大きな転機を迎えた。ズッファ社はラスベガスに「ステーション・カジノ」というカジノを経営するイタリア系の会社でオーナーはロレンツォ・フェルティッタである。前述の通りUFCはアスレチックコミッションの力が強い州では興行が行えなかった。しかしボクシング業界と表裏一体にあるカジノを運営するズッファ社はコネクションを使いMMAのオフィシャルルール(UFCルール)を制定させた。その為、一時期のバッシングから起こった、ケーブルテレビでのPPVの打ち切りや、コミッションの力が弱い片田舎でしか興行を行えないといった事態を脱し、ラスベガスのホテルで興行を行えるようになったのである。
2005年からアメリカのケーブル局スパイクTVで新人UFCファイターを発掘、育成すると言うテーマのリアリティ番組「The Ultimate Fighter」の放送が開始され高視聴率を獲得した。また同局が放送していたプロレスWWEのRAWが放送局移動になったため、後釜として放送されることになったUFCも相乗効果で高視聴率をマークした。これが原動力となり、2006年5月27日のマット・ヒューズ対ホイス・グレイシーをメインにしたUFC 60ではPPVが60万件を記録するなど、この大会以降、PPVの売り上げが軒並み数十万件を記録する盛り上がりを見せている。2006年のPPVの売り上げはボクシングとWWEを超えたと言われている。
2005年8月からは、スパイクTVにおいてUltimate Fight Night(UFN、現在はUFC Fight Night)というUFC本戦の二軍的大会の無料放送が開始され、スパイクTV開局以来の最高視聴率をマークするなど高い人気を博した。
2005年12月にズッファは、活動停止したアメリカの総合格闘技イベントWorld Fighting Alliance(WFA)からLYOTO、クイントン・ジャクソン、ヒース・ヒーリングら主力選手の契約を取得する事実上の買収を行った。さらに2006年12月にアメリカの総合格闘技イベントWorld Extreme Cagefighting(WEC)を買収。WFAとは異なり、WECはUFCとは独立運営される形で存続し、バンタム級とフェザー級を中心とした軽量級のイベントにシフトしていくことになった。
2007年
3月27日、ズッファ社は日本の総合格闘技イベント『PRIDE』を買収し、同社のオーナーであるロレンゾ・フェティータに興行権を移管し、新会社「PRIDE FC WORLDWIDE」を設立することを発表した。ロレンゾ・フェティータは今後の両イベントの運営について、プロレス団体WWEのRAWとSmackDown!に例え、それぞれ別のイベントとして運営し、年末にWWEのレッスルマニアの様な交流戦を行う構想も発表していたが、実現することはなかった。また、ミルコ・クロコップの参戦も話題になった。
2007年10月4日、PRIDE FC WORLDWIDE日本事務所が解散し、旧DSEの日本人運営スタッフは全員解雇された。10日のズッファの声明では、日本でPRIDEをイベントとして開催することが不可能になったとし、その一方でPRIDEのブランドは引き続き保持していくとしている。
かつて「ルール無しルール」による喧嘩大会の様相で始まったUFCは現在では確立したスタイルとして整備され、コミッションによる裁定、階級別によるマッチメイク等、プロボクシングなどの「スポーツ格闘技」に接近している。
ルールラウンドUFCではいずれの試合も5分3ラウンド(延長なし)で行われるが、タイトルマッチ(暫定王座戦を含む)は5分5ラウンドで行われる。ラウンド間のインターバルは1分間であり、ラウンド終了時にはゴングではなくブザーが鳴る。なお、ノンタイトル戦は原則として行われず、王者の試合は必ずタイトルマッチとなる。
勝敗・判定試合は1名のレフェリーと3名のジャッジによって裁かれ、勝敗の裁定はノックアウト(KO)、テクニカルノックアウト(TKO)、サブミッション(タップアウト、口頭によるギブアップ、打撃等による戦意喪失)、テクニカルサブミッション(見込み一本)などによる。また、判定はラウンドごとに3人のジャッジがそれぞれ一方に10ポイント、他方に9ポイント以下を付け、各ラウンドのポイントの合計で勝敗を決するラウンドマスト制を採用している。そのため、PRIDEのようなマストシステムではなく、ジャッジの合計ポイント次第ではドロー裁定もありうる。
なお、判定の呼称にはユナニマス(3-0)、スプリット(2-1)、マジョリティ(2-0)、ドロー(1-1、1-0、0-0)がある。
試合場UFCの試合はオクタゴンと呼ばれるケージ(金網)で囲われた8角形の舞台で行われる。ケージの直径は9mで、フェンスの高さは6フィート(約1m83cm)である。このオクタゴンは映画監督のジョン・ミリアスが考案したものである。ミリアスは初期UFCのプロデューサーであるホリオン・グレイシーの友人であった。
その他選手はスパッツ(トランクス)と、規定に基づく4〜6オンスのオープンフィンガーグローブ以外いかなるものも身に着けてはならない。日本のPRIDEで許されている道着やシューズ、ロングタイツの着用は禁止されている。
階級・王座
UFCの各階級の歴代王者・王座の変遷についてはUFC王者一覧を参照。
UFCはネバダ州アスレチック・コミッションの定める階級制に則り、ヘビー級、ライトヘビー級、ミドル級、ウェルター級、ライト級の5階級体制で行われている。そのため、通常はこれらの階級に沿った試合が組まれるが、稀にキャッチウェイトバウト(契約体重試合)として、上記以外の契約体重を設定して試合を行うこともある。
なお、公式には上記の階級以外にもスーパーヘビー級(265lbs〜)、フェザー級(135lbs〜145lbs)、バンタム級(125lbs〜135lbs)、フライ級(〜125lbs)の4つの階級が設置されているが、階級が存在するのみで試合は行われておらず、唯一スーパーヘビー級のみ、UFC 28においてジョシュ・バーネット対ガン・マッギーの1試合が行われたにとどまる。また、フェザー級、バンタム級に関しては同じズッファ社が運営するWECにおいて王座が設置され、マッチメイクが行われている。
反則
ルールの変遷第1回トーナメントで採用されたルールは、ラウンド制なしの時間無制限、ブレイクなし、グローブおよび道着・シューズ等の着用は自由であり、反則は目潰しと噛み付き・金的攻撃のみであった。またレフェリーストップもなく、どちらかが降参するか戦闘不能になるまで闘うというものであった。
日本におけるUFC
第1回大会に日本の格闘技団体パンクラスに定期参戦していたケン・シャムロックが参戦したことにより、格闘技雑誌、プロレス雑誌はいち早くUFCの登場を伝えた。しかし、格闘ゲームの現実化とも言えるUFCの衝撃は、マニアの範囲にとどまらず、一般のテレビ番組でも大きく取り上げる事態となり、日本の格闘技界にも多大な影響を与えた。打撃系格闘技のK-1が、1994年と1995年に総合格闘技の試合を組み込んだのをはじめとして、UFC開催以前から日本で行われていた総合格闘技大会の修斗、パンクラス、リングスはUFC寄りにルールを改正し、PRIDE、DEEPなどをはじめとする総合格闘技の新規プロモーションが勃興した。
SEG社時代には、スーパーステージの子会社UFC-Jとの間でフランチャイズ契約を結び、1997年から2000年にかけて計4度の日本大会を開催している。
UFC-Jは代表者の不祥事によって解散になり、ズッファ社体制になってからは、ボクシングの帝拳プロモーションをパートナーとして、テレビ放送を行いつつ日本大会の開催を模索していた。2004年12月、2005年6月には、一旦は開催を発表した日本大会を延期している。
日本でのテレビ放送ホイス・グレイシーが活躍した初期大会は、NHK衛星放送、日本テレビ「世界まる見え!テレビ特捜部」、テレビ朝日「リングの魂」などの番組内で紹介され、1997年の第1回UFC-Jは日本テレビが深夜に放送した。
2000年、CSテレビ、ケーブルテレビチャンネルのJ SKY SPORTS(現・J SPORTS)はSEG社とUFC 28から毎回放送の契約を締結したが、UFC 29を放送した時点で、UFCの運営がズッファ社となり契約を解消した。
2002年4月からボクシングの帝拳プロモーションを仲介して、WOWOWでの定期放送が始まる。UFC 36から2時間枠で放送。実況は高柳謙一、解説は格闘家の高阪剛が担当することが多かった。2007年4月8日のUFC 69からはハイビジョン放送となっていた。しかし、UFCが放送権料を釣り上げたため契約がまとまらず、4月26日放送のUFC 70(リピート放送)を最後にWOWOWでの放送は終了。
2002年4月のUFC 36から110度CSデジタル放送プラット・ワンのCS-WOWOWでPPV放送を実施。UFC 36はWOWOWでの放送と同内容で視聴料が1,200円だったが、UFC 37からは視聴料を2,000円とし、生中継ではアメリカのディレクTVと同内容で英語実況のまま放送。
2005年2月からはテレビ東京が地上波での放送権を取得し、1時間枠で放送した。ただし2005年6月に開催とされた日本大会を含む4大会のみと言われた契約を消化することなく、テレビ東京での放送は1回のみで終了した。解説は船木誠勝。
2006年4月からCSテレビの日テレG+でWOWOWから1ヶ月遅れでの放送を再開。実況は日本テレビアナウンサーが務める。解説はプロレスラーの高山善廣。当初は1大会を1時間30分枠で放送していたが、その後、1大会を1時間枠で2回にわけて放送するようになる。WOWOWと同じく帝拳プロモーション経由での放送だったため、2007年6月にUFC 70の放送をもって終了した。
2008年10月からWOWOWでの定期放送を再開する事が決定した。
日本大会(UFC-J主催)
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!--== 総合格闘技イベント『PRIDE』との差異 == UFCに遅れること4年、プロレスラーの高田延彦とグレイシー柔術のヒクソン・グレイシーの対戦を実現させる為に発足したイベントがPRIDEである。当初、PRIDEは総合格闘技(MMA)のイベントではなく空手ルール等、様々な形式の試合を提供するイベントであったが現在は一部の特別試合除いてPRIDEオフィシャルルールのみとなっている。PRIDEはUFC、修斗以降の総合格闘技の流れを汲んだルールであるという認識が一般的であるが、現在は少々異なる部分もある。これにより試合自体の流れ、選手における技術体系に大きく差が出る。以下がPRIDEとUFCの主な違いである。
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UFCの殿堂
UFC Hall Of Fame(ユーエフシー・ホール・オブ・フェイム)は、2003年11月21日、10周年大会のUFC 45から始まったUFCの功労者を称える制度であり、殿堂入りを果たした選手はオクタゴン型の透明の盾を授与される。最初に殿堂入りを果たしたのは、ホイス・グレイシーとケン・シャムロックだった。3人目は2005年4月16日のUFC 52でダン・スバーンが表彰された。4人目にはヘビー級・ライトヘビー級の2階級で王者になったランディ・クートゥアが、5人目には初代世界ヘビー級王者マーク・コールマンが選ばれた。
UFCの選手一覧大会履歴重要人物
関連項目外部リンク脚注・出典
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---------------------------------------------- 出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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