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新幹線
新幹線(しんかんせん)は、旧日本国有鉄道(国鉄)が1964年(昭和39年)10月1日に営業運転を始めた東海道新幹線を初の路線とし、現在JRグループが運行する高速鉄道路線およびそれに用いられる車両、並びに関連する鉄道輸送システム全体をも指す呼称である。
定義・概要
全国新幹線鉄道整備法(全幹法)第2条では、新幹線鉄道を「主たる区間を200キロメートル毎時以上の速度で走行できる幹線鉄道」と定義している。新幹線はその性質から在来線とは構造も役割も異なり、一般の鉄道敷設法などに加えて、新幹線特例法などにより、法律的にも一般の鉄道とは違った扱いを受ける。
建設は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)が行ない、その費用は国や沿線自治体が負担する。運営は旅客鉄道会社(JRグループ)が専ら行なっている。「新幹線の運営はJRでなければならない」など、法律面で鉄道事業者を特定していないが、運営がJRグループに継承されている理由としては、
ということが挙げられる。
また、いわゆるミニ新幹線はあくまでも「在来線の路線改良及び標準軌化による新幹線路線への直通化」であるため、本稿における新幹線には該当しない。
呼称新幹線とは、元々は従来の幹線に対して「新しい幹線」という意味で、東海道新幹線は在来線である東海道本線の線増として建設された為こう呼ばれた。
日本以外の国々では Bullet Train(弾丸列車)、Super Express(超特急)、もしくはそのまま Shinkansen(新幹線)の名で広く知られている。一般的には Shinkansen Bullet Train と説明されることが多い。1964年の東海道新幹線開業当初は、New Tokaido Line(東海道新線)とも案内された(現在でも横浜市営地下鉄では車内電光掲示板で使われている)。なお現在では駅内の案内板等では路線名としては Shinkansen を使用し、列車名を表す場合は各駅停車も含めて、例えば NOZOMI Superexpress などと、Superexpress という名称が使われている。これはJRグループで特急を表す Limited Express より上位の列車という意味で Super という単語を用いている(日本語で言えば「超特急」)と考えられる。
ちなみに、車内放送でも "Welcome to the Shinkansen. This is the NOZOMI superexpress・・・" などと放送される。
新幹線に関する主な技術新幹線鉄道は、その大部分の区間において200km/hを超える速度で運行するため、在来線鉄道とは異なった様々な技術が用いられている。速度のみならず、乗り心地や安全面でも高い水準が確保され、その成功は日本以外の世界各国において鉄道の価値を見直すきっかけともなった。
路線・軌道設備
信号システム
電源方式
車両技術
列車防護装置高速走行を行うため、在来線と同じ信号炎管や軌道短絡器による列車防護(他の列車を停止させること)では他の列車が停止しきれない可能性が高まる。そのため、緊急時に他の列車を迅速に停止させられるように在来線とは異なる列車防護の方式が採られている。
他線区への直通
営業中の路線新幹線(フル規格)※2008年現在はまだ北陸地方へ達していないため、便宜上「長野新幹線」という愛称が付けられている。開業当初は「長野行新幹線」と「行」の字が入っていたが、これは当時「『長野新幹線』という名称だと、『長野までで完成』というイメージが多少あり、長野以遠への延伸の芽を潰すことになりかねない」という、北陸の強い反対があったため。
他社の車両が乗り入れているのは東海道・山陽新幹線(東海道区間にJR西日本の車両、山陽区間にJR東海の車両)のみで、それ以外の新幹線はすべて自社車両(山形新幹線及び秋田新幹線用の車両の一部は正確には保有会社からの貸出)で運行されている。
東京駅では東海道新幹線と東北新幹線の線路が接続されていないため、現在、博多から八戸まで(その逆も)直通で行くことはできず、必ず同駅での乗り換えが必要とされる。国鉄時代には、当初両線の直通運転を前提として建設の計画がなされていたが(直通運転の実験用に試験車両961形が製造された。また、東京駅の東海道新幹線14・15番ホームは直通を想定して作られたため、ホームが東北新幹線側にカーブしている)、東京都内を通過する需要がほとんどないという調査結果や、周波数の違い(東海道・山陽・九州新幹線は60Hzで、東北・上越・長野新幹線では50Hz)、それに東北・上越新幹線用のものには降雪対策が施されるなどといった車体設計の違いから、実現には至らなかった。2008年現在では、東京都心を縦貫する湘南新宿ラインの利用が好調なことや東北縦貫線計画が進められていることなどから、関東地方相互の近距離では東京を通過する需要(特に通勤需要)も想定しうる状況であるが、新幹線については前述の理由に加え、国鉄時代と違い別会社の運行となっており、実現の可能性は低いと見られている。
新幹線直行特急(ミニ新幹線)東北新幹線盛岡以北、及び長野新幹線の軽井沢以西はミニ新幹線として建設することも検討されたが、結局フル規格で建設された。
新幹線規格在来線新幹線の回送線を旅客扱いするようにしたものであるが、距離が短く高速運転を行わないなどといった理由で在来線扱いになっている。しかし車両や設備は新幹線のものであるため、同線を走る列車は一般の「特急列車」扱いとされ、乗車の際に特急券を乗車券の他に要する。また博多南線の列車はJRにおける列車愛称がない唯一の特急列車ともなる。
新幹線では、東京駅から上野駅・品川駅などの短距離区間でも自由席特定特急料金が840円となるのに対し、この区間は在来線特急扱いの列車しか走らないこともあり、特定特急料金がJRの特急料金では最低の100円となる。
新幹線鉄道規格新線
九州新幹線長崎ルートについてはスーパー特急方式で建設中で、一部区間は在来線を改良して乗り入れることも検討されている。また、北陸新幹線と九州新幹線鹿児島ルートの一部はスーパー特急方式で着工されたが、後にフル規格に変更された。
その他の路線については、新幹線鉄道規格新線を参照のこと。
計画中の路線
整備新幹線
も参照の事。キロ数は推定。
着工済
未着工区間
次期着工予定区間
基本計画線1970年に発布された全国新幹線鉄道整備法に基づき、以下の新幹線が基本計画線として挙げられたが、オイルショックや国鉄の経営悪化などの影響を受けて着工は見送られた。現在でも着工の目処は全く立っていないものの、一部では建設を望む声が根強く残っている。
未成線新幹線の列車愛称新幹線の列車愛称はJR東海・西日本が運営している東海道・山陽新幹線では速度別に付けられているが、JR東日本が運営している路線では方向・目的地別に付けられている。E1系・E4系「Max」を使用する場合は列車愛称の前に「Max」が付く。JR東日本の長野新幹線およびJR九州が運営している九州新幹線は単一愛称である。
また、かつて使われていた列車の愛称として下記のものがある。
新幹線車両
仕様)の初代0系]]
0系や100系など国鉄時代の東海道・山陽新幹線車両では車体の素材に普通鋼が使われていたためやや重かったが、東北・上越新幹線用の200系からは耐雪装備による重量増加を抑えるためアルミニウムが用いられて軽量化が図られた。国鉄民営化後に開発された新幹線車両はアルミニウム車体が一般化、さらにアルミ材の加工手法の発達により、製作費のコストダウンとさらなる軽量化の両立が図られた。この結果、近年の車両は国鉄時代に開発された初期新幹線車両より著しく軽量化されている。
現在の新幹線車両の価格は、1両あたり概ね2 - 3億円と言われている。なお、新幹線車両の製作を行っているメーカーは現在、日本車輌製造・川崎重工業・日立製作所・近畿車輛(JR西日本のみ)・東急車輛製造(JR東日本のみ)の5社である。
一方で、JR発足以降積極的に行われた高速化に伴い、走行中のパンタグラフと架線の接触や風切り音による騒音の発生や、接触部の著しい消耗などが問題とされた。このため、0系では2両おきに付いていたパンタグラフが300系では8両毎に1つに減ったほか、500系では翼型と呼ばれるT字型の特殊なパンタグラフが設置されるなど改良されて、集電効率も向上した。また、ふくろうの羽ばたく音が他の鳥と比べ静かであることをヒントに、パンタグラフに流線型の突起物を取り付けるなどの改良も加えられた。その他、高速でのトンネルの突入時のトンネル内部の急激な気圧変化による騒音(トンネル微気圧波)の発生を抑えるための、走行時の空気の流動性やトンネル進入時の面積変化率を考えた先端車両の開発などが行われているため、初期の0系に比べ先頭車先端部が長く伸ばされるとともに、通常の電車とは著しく異なった形態(鋭い流線型やカモノハシのような形)を呈する傾向にある。
新幹線の歴史新幹線の実現まで戦前における高速鉄道日本の鉄道は明治時代の草創期にコストの面から狭軌を採用したため、その規格の低さに制約を受け、欧米の鉄道のような高速運転とは無縁であった。最高速度は1910年代から1950年代まで100km/h以下に留まっていた。
また1910年代には、東京 - 大阪間に電車による高速新路線「日本電気鉄道」を敷設する計画が民間から出されたが、国の許可するところとならず、実現には至っていない。
日本における現実的な高速列車開発は、日本の勢力下に在った満州(現在の中国東北部)を縦断する南満州鉄道(満鉄)に始まる。同社は日本の資本と技術により運営されており、ほとんどの幹部・技術者が日本人で、実質的に日本の鉄道と言っても過言ではない。
当時の満鉄は電化以前の鉄道で蒸気機関車牽引であったが、1,435mmの国際標準軌(日本では広軌と称した)を用いた高規格路線であり、保守的な日本内地の鉄道省とは一線を画した先進的な試みを早くから行っていた。
1934年、満鉄は自社設計によって当時の欧米の潮流に互した流線形蒸気機関車「パシナ形」を開発、これに新開発の流線形客車編成(全車冷暖房完備)を組み合わせ、大連 - 新京(現・長春)間701kmに特急「あじあ」号を運転開始した。この列車は最高速度120km/h以上を誇り、最高95km/hに留まる鉄道省の列車を遙かに凌駕した。所要8時間30分、表定速度は82km/hに達した。
とは言え、当時の欧米の鉄道はさらに上を行っていた。例えばイギリスの London and North Eastern Railway がロンドン - エディンバラ間に運転していた特急列車「フライング・スコッツマン」は、蒸気機関車牽引で最高速度160km/h以上での営業運転を行っており、ドイツ国鉄では気動車列車「フリーゲンター・ハンブルガー」が150km/h以上の高速で営業運転していた。さらにアメリカの私鉄各社には、定期運転列車を牽引して優に180km/hに達する蒸気機関車さえ存在していたのである。
120km/h運転そのものは、当時の欧米の主要幹線では標準的な水準であり、「あじあ」号の水準はそれに達したものでしかなかった(冷房装置を含む空調設備の完備のみは、世界の最先端であった)。
なお前述した日本電気鉄道のように、民間による大規模な都市間電車は実現しなかったが、中近距離の都市間電車に関しては、新京阪鉄道や阪神急行電鉄、参宮急行電鉄、阪和電気鉄道のように、アメリカのインターアーバンの技術を取り入れるなどして、実現させた所もあった。これら路線の多くは、既存の鉄道線と競合する形で敷設されたものとなっており、「(既存の並行線よりも)高規格な路線において、高速運転を行うこと」がその建設目的となっていた。「新しい高規格線を敷く」という意味では、新幹線に通じる所もある。
その中でも、参宮急行電鉄が転じた関西急行鉄道は途中での乗り換え(伊勢中川駅)こそあるものの、大阪と名古屋という中距離の2大都市間(当時の営業キロで、189.5km)を電車で結ぶことに成功しており、また阪和電気鉄道は「あじあ」号の水準に匹敵する、表定速度81.6km/hの「超特急」を狭軌路線で運転していた。
これらの私鉄で用いられた電車は、当然だがハイレベルな仕様の車両が多く(新京阪デイ100形、参急2200系、阪和モヨ100形など)、後述する国鉄における動力分散方式の開発にも、いくらか影響を与えている。
弾丸列車計画この頃鉄道省内部に「鉄道幹線調査会」が設立され、主要幹線の輸送力強化についての検討が行われた。ここから抜本的な輸送力増強手段として1939年に発案されたのが「弾丸列車計画」であった。
これは、東京から下関まで在来の東海道・山陽本線とは別に広軌(1,435mm・標準軌)の新路線を建設し、最高速度200km/hと満鉄「あじあ」号を超える高速運転を行い、東京 - 大阪間を4時間、東京 - 下関間を9時間で結ぶ事を計画したものであった。この計画は翌1940年9月に承認され、建設工事が始められる事になった。
既にこの時点で、新しい幹線を敷設するという事から「新幹線」や「広軌新線」という呼称を内部関係者は用いていた。「新幹線」の語はここが起源であるとされている。
また将来的には対馬海峡に海底トンネルを建設して朝鮮半島へ直通、釜山から奉天(現:瀋陽)を通り満州国の首都新京(現:長春)、さらには北京・昭南(現:シンガポール)に至る、という構想も一部では描かれていた。
当時の鉄道はまだ機関車が客車を牽く方式が一般的で、「弾丸列車」も電気機関車と蒸気機関車を併用する方式で計画された。
1941年の太平洋戦争勃発後も工事は続けられ、日本坂トンネル(後に新幹線に利用)などの工事が進展したが、最終的には戦況の悪化で頓挫した。しかし、そのルートの相当部分が後の東海道新幹線建設で役立てられた。特に、土地買収が戦時中の時点で半ば強制的な形で相当な区間において終わっていた事は、新幹線建設をスムーズにした。
動力分散化への流れ太平洋戦争終結後数年間、鉄道をも含めて混乱の極みにあった日本も、1950年の朝鮮戦争以降本格的に復興し、鉄道の都市間輸送需要も急激に伸張していった。
旧日本軍の研究部門や軍需企業に所属し、戦後その職を失ったり技術を持て余していた優秀な人材を、昭和20年代の国鉄が多数獲得した事は見逃せない事実である。高速走行中の車両の振動や、空力特性の研究は、旧軍出身技術者の存在によって大きく進展した。
地盤が悪く山がちな日本において列車を高速運転するには、機関車が客車を牽く「動力集中方式」よりも、電車・気動車のように編成の各車両に動力を持たせる「動力分散方式」の方が適している。カーブや勾配の多い条件でも加減速能力に優れ、また線路への負担が小さいため、脆弱な地盤に敷かれた線路でも高速を出せるからである。当時は蒸気機関車主流の時代であり、また国際的に見ても主流であることから、国鉄部内でも動力集中式に固執する者が多かったが、島秀雄は例外的に戦前から動力分散方式の特性を理解し、研究していた。
島は1951年に事情によって国鉄を離れていたが、彼の指揮の下で1950年に開発された東海道線普通列車用の80系電車は、短距離向けと見られていた電車が、長距離運転にも優れた特性を発揮するという事実を実証し、その後国鉄の在来線に電車・気動車の普及を進める原動力となった。島の復帰以降、国鉄の動力分散化の流れはさらに加速する。
高性能電車の出現日本では1953年以降、欧米からの新技術移入や国内メーカーの技術開発に伴い、電車の高性能化の動きが始まった。
この過程で、振動を抑制し、乗り心地改善と高速運転に資する「カルダン駆動方式」と高速対応の新型台車、床面シャーシだけでなく側板や天井にも応力を分散させた「全金属製軽量車体」、全車両にモーターを搭載して加速力を高める「全電動車方式」、反応速度が速い上に取り扱いが容易な「電磁直通ブレーキ機構」、制御装置1台を2両の電動車で共用して軽量化やコストダウンを実現する「1C8M方式(MM'ユニット方式)」など、それ以前の電車とは一線を画する重要な革新的技術が、1953年からわずか数年の間に実用化されて普及した。
この結果、高速性能・加減速性能に優れ、しかも居住性の良い「新性能電車」が、1954年以降大手私鉄を中心に続々と出現して、大きな技術的成功を収めた。国鉄もこの潮流に乗って高性能電車の開発に取り組み、1957年に新型通勤電車モハ90系(後の101系)を完成させる。
3000形SE]]
同年に小田急電鉄が完成させた低重心・連接構造の流線型特急電車3000形「SE車」は、アメリカで1941年に開発された高性能連接電車「エレクトロライナー」に影響を受けた設計で、最高速度145km/hを目指した野心作であった。
これに着目した国鉄は、高速走行時の特性に関する研究を目的に、小田急からSE車を借り入れ、1957年9月に東海道本線で速度試験を行った。結果SE車は計画通りの145km/hに到達し、当時の狭軌鉄道における世界速度記録を達成した。続いて国鉄はモハ90系通勤電車をギア比変更などで高速化改造、空気抵抗の面で不利な形態ながら135km/hの好記録を達成した。
これらの実績を踏まえて、1958年にはモハ90系の技術を応用し、東海道本線特急「こだま号」用に国鉄初の特急形電車モハ20系(後の151系)が開発された。流線型の軽量・低重心な車体は冷暖房完備で、空気バネ台車も装備し、スピードと快適な乗り心地を両立させて、動力集中方式の客車列車を完全に凌駕した。翌1959年7月には、東海道本線での速度試験で最高速度163km/hに達し、小田急SE車の速度記録を更新した。
これらの電車における顕著な成績は、動力分散方式の資質を実証し、ひいては新幹線車両に電車を用いる事への強力な裏付けとなった。
また1955年から国鉄は交流電化方式の実用化に独自に取り組み、1957年の北陸本線を皮切りに、地方線区での交流電化を開始していた。これ自体は従来の直流電化に比べ、地上設備コストが低いと考えられたことによるものであったが、後に新幹線の電化システムに応用されることになる。超高速の電気鉄道においては大量の電力消費が生じ、これに伴って架線から効率よく集電するには、従来から用いられて来た1,500Vの直流電源より、大電力を長距離送電できる高圧交流電源を用いる方が適していたのである(日本の鉄道の交流電化方式は在来線20kV、新幹線25kVで、電圧だけでも直流電化路線の10倍以上のレベルである)。
新幹線建設へこれに先立ち、戦後の復興と共に鉄道及び道路輸送の需要が増大すると、当時の日本における最重要幹線であった東海道本線の貨客輸送能力は、ほぼ限界に達していた。1956年に東海道本線の全線電化が完成するが、需要の増加には焼け石に水であった。
1957年、国鉄内部の「幹線調査会」は、東海道本線の輸送力飽和は早晩必至とし、現在線以外の線路増設が必要であると答申した。実際の手法として様々の案が出されたが、基本的に以下の3案のいずれかが選択されることになった。
東海道の線増計画は、従来の常道であれば複々線案が採られたところであった。しかし、十河ら国鉄幹部は将来の発展性を視野に入れ、あえて困難の多い広軌新線建設を決定したのである。それは戦前の弾丸列車計画を、戦後の技術革新の下で、改めて実現しようとする超高速列車計画であった。
同年5月25日には鉄道技術研究所(現:鉄道総合技術研究所)が、広軌新線ならば東京 - 大阪間の3時間運転は技術的に可能であるという報告を創立50周年記念講演会で述べた。十河はその話を聞くや強い関心を示し、国鉄幹部を集めて技術研究所員に詳細を話させたという。
当時欧米では、将来の大量輸送手段として航空機と高速道路網による高速輸送が有望視され、鉄道はそれらに取って代わられる時代遅れのものだという見解が広まっていた。日本でもこれを範としようとする向きが一般的であり、在来線とは別規格の高速新線を建設するという計画は、国鉄内部でさえも疑問視する者が多かった。
鉄道ファンでもある作家の阿川弘之ですら、戦艦大和(大和型戦艦)・万里の長城・ピラミッドが「世界三大馬鹿」であり、この時期に莫大な投資をして新幹線を造れば「第2の戦艦大和」となって世界の物笑いの種になると批判した(後に阿川は新幹線が世界の鉄道斜陽論を覆すに至るまでの成功を収めたのを見て、十河の後を継いで国鉄総裁を務めた石田禮助との対談において、自らの不明を悔やむ発言をしている)。
そのような厳しい状況下で、十河と島は東海道に新たな大規模高速輸送用の鉄道路線(新幹線)を実現すべく政治的活動(十河が担当)と、技術的プロジェクト(島らが担当)を続けた。
技術的裏付けの下、1958年に建設計画が承認され、翌1959年4月20日に起工式が行われた。総工費は当初予定から修正され、3,800億円にまで膨らんだ。元々十河などが国会内での承認を得るために安く見積もっていたこと、さらには新幹線建設に集中するために地方路線建設の陳情を蹴っていた事で国会議員の不興を買っていた事もあって、後には国会で責任問題に発展した。新幹線開業前に責任を取る形で十河は国鉄総裁を退任し、島も国鉄を退職する事になる。
1961年
5月1日に国鉄はこのプロジェクトに対し、世界銀行から8,000万ドル(当時は1ドル=360円の固定相場制)の融資を受けたが、1964年までに完成させるという厳しい条件が付けられた(この融資は1981年に返済が完了した)。この融資を受けたことで、新幹線プロジェクトは国内事情によって中断することは許されなくなった。
その建設に関しては前述の通り、戦前の「弾丸列車計画」の際に開削されたトンネルや、買収された用地の多くが活用された。5年という短期間で完成したのは、この時の用地買収及び工事があったからだともいわれている。また大阪府・京都府内では、完成した新幹線の線路を高架工事中の仮線として用いて、暫定的に阪急京都本線の電車を走らせていたこともあった(→新幹線の線路を先に走った阪急電車)。
鴨宮モデル線区
ここで2編成の試作電車「1000形」が走行テストを繰り返した。2両編成の「A編成」(1001・1002)と、4両編成の「B編成」(1003 - 1006)が製造され、台車や車内設備、窓形状などに差異を付けて比較材料としている。
鴨宮モデル線区での研究は、初代新幹線電車となる0系や、線路設備の開発に活かされる事になった。
しかし、この鴨宮モデル線区にはある欠点があった。相模湾に近く、冬でも比較的温暖な鴨宮では、降雪時の高速運転を想定した試験データは十分に得られなかったのである。
関ヶ原周辺は谷間で標高も高く、冬期には激しい降雪のある地域でもある。このような区間を冬期に高速列車で通過する状況の研究が、開業前には十分に行えなかった。このことは、1964年の開業後初めての冬期に関ヶ原での着雪による車両故障を頻発させる原因となった。
この鴨宮モデル線区は、開業後も設備が無駄にならないよう、建設中の路線の一部を先行完成させて利用する手法が採られた。このため、東海道新幹線開業に当たっては、その一部に組み込まれている(新横浜 - 小田原間の一部)。この手法は後続の他の新幹線路線や、リニアモーターカー試験線にも踏襲されている。
またテストに使われた試作電車は、東海道新幹線開業後に改造を受けた。A編成は救援車941形に、B編成は電気軌道総合試験車922-0形となり、それぞれ役立てられる事になる。
開業以後国鉄分割・民営化まで
1964年
10月1日に、東京オリンピックの開催に合わせて東海道新幹線が開業した。併せて専用の0系が開発され、営業に投入された(→1964年10月1日国鉄ダイヤ改正も参照)。なお、開通に先立つ同年4月22日からアメリカのニューヨーク市で開催されたニューヨーク万国博覧会の日本館に実物大モックアップが展示され、日本の技術力を誇示した。
開業当初の営業最高速度は200km/h(東京 - 新大阪間「ひかり」4時間、「こだま」5時間)。路盤の安定を待って翌年に210km/h運転(同「ひかり」3時間10分、「こだま」4時間)を開始した(→1965年10月1日・11月1日国鉄ダイヤ改正も参照)。
日本の二大都市である東京 - 大阪間は、1958年から在来線の特急で日帰り可能になっていたものの滞在時間がわずか2時間余りしか取れなかった。しかし新幹線の開通により、日帰りでも滞在時間を充分取れるようになり、社会構造に著しい変化を及ぼした。ビジネスやレジャーの新しい需要を喚起し、東海道新幹線においては当初の12両編成が、1970年の大阪万博の開幕を機に16両編成まで拡大され、高速大量輸送機関としての確固たる地位を確立した。
その一方で、新幹線の建設や特急・急行列車の増発、さらには都市部における通勤輸送増強(通勤五方面作戦など)などの設備投資に追われたことから、新幹線の開業した1964年度から国鉄収支は赤字に転落し、以後それは拡大する一方となって、結果的に新幹線建設は国鉄破綻の1つの原因となったと言われる。これに対し、JR東海の葛西敬之会長は著書の中で「東海道新幹線はあくまで内部留保された資金と借金で建設資金をまかない、それらを運賃・料金収入のみですべて回収したものであり、新幹線建設が国鉄破綻の引き金を引いたという認識は誤りだ」と指摘している。いずれにせよ、以後の国鉄において、新幹線は重要な収入源ともなっていく。
その後、東海道新幹線に続いて、同じように需要の増加していた山陽本線の抜本的輸送力改善と高速化を目的として、1967年に東海道新幹線を延伸する形で山陽新幹線が着工され、1972年3月15日に岡山まで、1975年3月10日には博多まで開業した(→1972年3月15日国鉄ダイヤ改正・1975年3月10日国鉄ダイヤ改正も参照)。「ひかりは西へ」がそのキャッチコピーであった。
さらに東北方面への延伸も計画された。1971年に東北新幹線と上越新幹線が着工され、1974年には建設中の成田空港へのアクセス路線として成田新幹線も工事に入った。折しも田中角栄内閣総理大臣によって、国土開発を促進する「日本列島改造論」が提唱され、整備は順調に進むかに見えた。
だが、実際には反対運動による用地買収の難航やトンネル工事での異常出水などがあり、前者2つの新幹線は予定より工事が5年も遅れ、成田新幹線に至っては工事中止となってしまった(ただし、後にJR東日本と京成電鉄の成田空港乗り入れの際にこの新幹線建設で作られた設備が生かされることになる)。また、新幹線沿線での騒音・振動による公害問題がこの頃深刻化した(名古屋新幹線公害など)。さらに国鉄財政の悪化に伴う運賃・料金値上げの繰り返し、労働紛争によるストライキの頻発化などから、既存新幹線の乗客が減少傾向に陥った。そして経営問題と労働紛争の影響から技術革新も見られなくなり、新幹線の発展・発達は一時停滞した。
1982年に大宮発着という暫定的な形で東北新幹線と上越新幹線は開業し(→1982年11月15日国鉄ダイヤ改正・新幹線リレー号も参照)、1985年には用地買収の関係で遅れていた都心(上野)乗り入れを果たした(→1985年3月14日国鉄ダイヤ改正も参照)。これにより東北・上越地方における鉄道シェアは大幅に拡大した。だが、国鉄財政はそれら新幹線の建設費負担も重なって遂に破局的状態となり、中曽根内閣の下で断行された1987年の国鉄分割民営化に至るのである。
JR発足から現在までの流れ国鉄の分割・民営化後、東北・上越新幹線はJR東日本、東海道新幹線はJR東海、山陽新幹線はJR西日本の運営とされたが、当初設備は第3種鉄道事業者の「新幹線保有機構」が保有し、各会社が第2種鉄道事業者として路線を借り受けて運営する形とした。新幹線の保守費用は各社が負担し、新幹線保有機構は設備の貸し代だけを受け取るもので、利益の出る新幹線事業によって赤字となる他地域JR会社への補填を行うのが目的であった。
しかし、前記JR3社の経営が安定化して、東京証券取引所などへの上場が視野に入ると、輸送量に応じて貸し賃が変わるこの制度のままでは会社の営業努力が反映されないことや、各社の資産・債務の額が確定できないことなどが問題視され、結局1991年に制度を変更し、各鉄道会社が新幹線資産を新幹線保有機構を改編した鉄道整備基金から60年賦で買い取ることにした。
分割・民営化後、技術・営業面で停滞していた新幹線も新型車両の登場、新形態など積極的な流れが見られるようになった。
後者の代表として、JR東日本は新幹線規格(フル規格)の線路を新規に建設することなく、既存の在来線を改良し、専用の車両を新造したうえで、新幹線と在来線が直通運転できるようにしたミニ新幹線を整備した。
1992年に400系を新造し、山形新幹線として奥羽本線の福島駅 - 山形駅が、1997年にE3系を新造し、秋田新幹線として田沢湖線・奥羽本線の盛岡駅 - 秋田駅が、1999年にE3系1000番台を増備し、山形新幹線の延伸として奥羽本線の山形駅 - 新庄駅が、それぞれ順次営業運転を開始した。
また最高速度は210km/hの時代が長く続いたが、国鉄末期頃(→1985年3月14日国鉄ダイヤ改正・1986年11月1日国鉄ダイヤ改正も参照)から次第に向上されるようになり、2008年現在では東海道新幹線で270km/h、東北新幹線区間で275km/h、山陽新幹線区間で300km/hに至っている。また時速アップ以外にも、停車駅での停車時間の短縮や、停車駅間の速度を出来るだけ高速度で維持するなどして、僅かな分単位ながら主要駅間の時間短縮を図る工夫もされている。
国鉄末期に建設が凍結されていた整備新幹線は工事が再開され、東北新幹線(盛岡 - 八戸・2002年)・北陸新幹線(長野新幹線・1997年)・九州新幹線(新八代 - 鹿児島中央・2004年)が部分開業し、残った区間や未開業の北海道新幹線なども工事が次第に進みつつある。
また20世紀末以降、新幹線による通勤・通学が増加しつつある。これは、いわゆるバブル以降の大都市における地価の高騰で、新幹線で通勤・通学が可能な郊外(主に東京への通勤・通学を目的に栃木県、群馬県、静岡県東部が多い)の住宅に住む人が増えたためである。1983年2月の新幹線定期乗車券販売開始をきっかけに、新幹線通勤定期券を支給する企業の増加、さらに企業が支給する通勤定期券代の所得税非課税限度額の引き上げがそれに輪をかけた。朝・夕の新幹線においては通勤客で混雑が激しくなり、通勤客向けのダイヤも設定されるようになった。これに対応してJR東日本ではMaxという多座席型の2階建車両を投入し、1列車あたりの定員を大幅に増やした。
新幹線の安全性投身自殺による死亡例は多数発生しており、またドアに乗客の手を挟んで引き摺り死亡させたケース(1995年、三島駅乗客転落事故を参照)はあるが、これらは新幹線システムそのものの根本的欠陥に起因する事故ではないため例外と考えられ、新幹線の安全性は概して非常に高いものと捉えられている。
新幹線の安全を確保するシステムが的確に運用され、恒常的に維持されてきていることは、日本の鉄道技術の水準を端的に示す要素であるとも言える。この事実は新幹線の安全神話などと称され、一部にはこれを過信する向きもある。確かに従来の実績から、新幹線における事故の発生確率は低いと考えられるが、死者こそ生じなかったものの、重大な事故は実際に何度か発生している。
新幹線における事故の事例
1973年に東海道新幹線の大阪運転所(鳥飼基地)からの回送列車が脱線した事故、1997年に山陽新幹線の岡山新幹線運転所内で過走して脱線した事故、そして1999年に山陽新幹線福岡トンネルで通過中の列車にコンクリート片が落下し天井が破損した事故等は、安全確保に悪影響を及ぼす事例と考えられ、重大視された。
特に1990年代末期から多発したトンネルのコンクリート剥落事故は、山陽新幹線が建設された昭和40年代以降、高度成長期の建設ブームのもと、促成による手抜き施工が新幹線工事でも随所で行われていたことを露呈させたもので、JR各社は設備保全の徹底した対策を求められている。
また在来線と直通運転する山形新幹線では、つばさ号と自動車との踏切事故がしばしば発生している。この様なケースは新幹線の事故というよりは、在来線での日常的事故の範疇に属するものであるが、新幹線の在来線直通における高速運転の課題として常に想起される事例でもある。
大井川河口を震源とする地震の事例
東海道新幹線が開業してから約半年が経過した1965年4月20日、静岡県の大井川河口を震源とするマグニチュード6.1の地震が発生し、静岡市周辺の盛り土が崩れた。発生直後に全ての列車の運行を停止し、運転本数が少なかったこともあり(1時間に片道2本)大きな被害は出なかった。しかし、当時の運行責任者であった斎藤雅男(元国鉄新幹線運転車両部長、鉄道工学の専門家)によると、「当時は雨の影響で地盤が弱くなっており、大きく陥没していたところもあった。仮に崩れた路盤上に列車が来ていたら間違いなく脱線して大惨事になっていた。」という。なお、山陽新幹線以後の新幹線は全てスラブ軌道になった。
阪神・淡路大震災の事例
1995年
1月17日の阪神・淡路大震災では、被災地域において山陽新幹線の高架橋が破損・一部落下し、新大阪 - 姫路間が80日間に亘り不通となった。地震発生は午前5時46分で、この日の営業運転が始まる前であったため、惨事には至らずに済んだ。これを機に高架橋の補強などの耐震対策が進められた。
新潟県中越地震の事例
さらに、2004年10月23日の新潟県中越地震においては、上越新幹線が甚大な被害を受けた。高架やトンネルなどの構造物に損傷が発生したほか、上越新幹線列車のとき325号(10両編成、200系=K25編成)が長岡駅の手前付近を約200km/hで走行中に脱線した。これはまた新幹線史上初の営業運転中の脱線事故となった。
上越新幹線には地震感知システム「ユレダス」をカスタマイズした「コンパクトユレダス」が採用されているが、とき325号のケースでは通過地点でほぼ直下型の地震であったため、初期微動(P波)検知後にブレーキをかけたものの地震の被害を受ける前に停車する事はできなかった。
この200km/h走行時の脱線の衝撃で、レールの多くは道床の締定が外れ、一部のレールはねじ曲がるなどの大きな被害を受けた。
通常、列車がこの規模の地震に震源地付近で直撃された場合、例え停車していても脱線は免れ得ないと考えられるが、この事例では脱線したとはいえ編成全体の横転などには至らず、死者・重傷者などは奇跡的に生じなかった。とき325号の事例では、対向列車の不在が幸いした。地震発生5分後に対向列車とすれ違うダイヤになっていたこともあり、対向車と正面衝突していれば重大な事故を起こしたことは想像に難くない。
また、事故現場は積雪の多い地帯のためレール脇に雪を融かして流すための溝があり、そこに車体の一部が填まり込むことで横転せずに済んでいた。一般にはレール脇は平坦であるため、もしそのような場所で脱線していれば車体は完全に横転していたかもしれない。この事故は新幹線を運営するJR各社に、新幹線における地震対策の重要性を強く認識させる事になった。
災害・テロへの対策不足新幹線では、航空機や船舶と異なり、通常の運行では乗客名簿などは整備されない。万一、転覆事故などで多数の死傷者が生じた時には、死傷者の身元特定に支障を来すのではないか、との指摘もある。もしそうなった場合、家族への連絡や事故の補償などで大きな問題となることが予想されるが、新幹線を運営する各鉄道会社はこの課題について踏み込んだ対策を採るまでには至っていない。
20世紀末から世界的に増加しているテロリズムに対しても、新幹線は脆弱ではないか、との指摘もされている。現状では航空機のような搭乗時の手荷物検査がなく、その気になれば車内やプラットホームに、爆発物や刃物を容易に持ち込むことができるのも事実である。また高架橋などの軌道設備には周囲から容易に接近できる箇所が多く、この面でもたやすくテロの対象となりうる。
なお、東海道・山陽新幹線の最新式車両N700系はデッキに防犯カメラをとりつけている。しかし、ロンドン同時爆破事件の事例のごとく、防犯カメラを取り付けてもテロに対する抜本的な予防策にはならない。また、防犯カメラの設置が「プライバシーの侵害につながらないか」と危惧する声もある。
ちなみに、JR東日本の各新幹線では、テロ対策のため、車内のゴミ箱を一切利用停止にしていた時期があったが、乗客からの不便という声が高まり、現在は利用を再開している。
救命対策新幹線の世界への影響世界の高速鉄道の最高速度世界初の210km/h運転を達成した新幹線の成功は、欧米各国に影響を及ぼした。鉄道先進国を自負していたフランスは、1967年5月28日より高速列車TGS を欧州において初めて200km/hで運転し、その後も複数の列車を200km/hで運行していた。新幹線の開業後、1981年に本格的な超高速列車TGVを開発し、営業最高速度260km/hというスピード世界一を達成し、新幹線の記録を凌駕した。
その他、ドイツ (ICE) やイタリア(ペンドリーノ)でも高速列車が計画され、実現に移された。イタリアのペンドリーノは欧州初の高速新線であり、1970年に工事が始まり、1978年に部分開業を迎え、1983年に250km/h運転を開始したものの、その後の整備で仏独に遅れを取り、全線が開業したのは1992年である。
スペインは、高速新線の導入を検討していたが、TGV方式の高速列車を採用、その他にもフランスからTGVを導入する国が増えている。
ロシアの高速列車ソコルは1997年、ドイツ鉄道の技術支援を受け、モスクワ - サンクトペテルブルグ間654kmを営業時の最高速度250km/hで結んだ事に拠り、これまで4時間20分掛かっていたものが、2時間30分に短縮された。
なお、既に標準軌の鉄道網が整備されているこれらの国では、駅周辺は従来の路線をそのまま使用し、郊外区間では諸条件によって高速新線建設と在来線改良を使い分けることが多く、システム的には全線を新線として建設する新幹線とは別物と言える。
走行試験を除く営業運転速度は、2008年10月現在、日本の新幹線はやてやドイツのICE3の技術を導入した中国北京・天津高速鉄道の350km/hが世界最高である。フランスTGVの320km/h、JR西日本の500系 (300km/h)、ドイツが自国開発したICE (300km/h) がそれに続く。韓国では2004年、フランスのTGV方式の韓国高速鉄道 (KTX) が300km/hで開業し、台湾では2007年、日本の新幹線方式(一部仏独の技術を導入)の台湾高速鉄道が300km/hで開業した。
TGVは360km/hへの速度向上を計画している。2007年後半からフランスのTGV方式のスペインのAVEは、マドリード - バルセロナ間630kmの新造線で、ドイツのICEの技術に使われているシーメンス製のVelaro Eという列車を使い350km/hで運転する計画がある。それが実現すれば、マドリード - バルセロナ間は2時間30分に短縮される。
さらにロシアやベトナムでも新幹線をモデルにした最高速度350km/hの高速鉄道建設が計画されている。
リニアモーターカーを含めた2008年現在における世界最速の旅客営業鉄道路線は、2003年にドイツの技術によって開業した中国・上海浦東国際空港へのアクセス用に建設された上海トランスラピッドで、最高速度は430km/hである。
試運転での現在の運転最高速度の世界一は、リニアモーターカーを除くと先述のTGVで574km/hである(日本の新幹線はJR東海の300Xによって達成された443km/hで世界第2位)。リニアモーターカーでの世界一は山梨リニア実験線のMLX01で581km/hである。
東海道新幹線は建設が古く、カーブやトンネルなどは200km/h台の設計になっている。より新しい山陽新幹線・東北新幹線などもフランスやドイツなどと比較すると山岳区間が多く、路線の起伏やカーブの設計などにおいて高速化を妨げる点が多い。特に後者は上越新幹線共々寒冷地の耐寒・耐雪装備が不可欠であり、重量的に不利である。また沿線に住宅地が多いため、騒音への対策も必要となるなど、300km/h以上の運転には解決すべき課題が多い。
しかしJR東海・西日本では2007年より山陽新幹線で500系と同じ最高速度300km/h、東海道新幹線でも曲線区間などを500系より高速で運転できるN700系の導入を開始した。また、JR東日本は2004年から360km/h走行を前提とした試験車両(E954・E955形)の開発を開始しており、2005年からはE954形、2006年からはE955形も走行試験を行っている。
営業運転での最高速度記録(磁気浮上式鉄道を除く)
新幹線の輸出台湾
台湾の南港 - 高雄間のうち、台北 - 左営の約340kmで運行中の高速鉄道路線(台湾高速鉄道)は、独仏連合との熾烈な受注競争の末、日本連合が最終的に逆転、受注に成功した。この高速鉄道は新幹線のシステムを導入して建設されており、車両には700系をベースとした700T型が用いられている。日本が受注した背景には、技術や安全性もさる事ながら、台湾は歴史的にも日本に対し親近感を持っている事、地理的に日本と類似した条件にある事、地震に備えるシステムが構築されている事などが挙げられるが、最終的には日本側が提示した資金面での優遇措置を加えた事が契約締結の決め手となった。
当初は2005年10月の開業を目指して建設が進められたが、台湾高速鉄道のコンサルタント業務を欧州連合が先に受注していたため、施工方法やスケジュールの調整が難航。また建設工事の一部区間を受注していた韓国の現代建設による路盤の手抜き工事が発覚するなど、各国企業の思惑が入り乱れたため、開業時期が徐々に遅れ、結局2007年1月5日に板橋 - 左営間で仮開業し、全線は2007年3月に正式開業。
現在、台北 - 南港間が建設中であり、左営 - 高雄間の着工は未定である。
イギリス2009年からイギリスのロンドン - ケント州間を高速新線High Speed 1(HS1、旧名CTRL: Channel Tunnel Rail Link) 経由で運行される高速列車 "オリンピックジャベリン" の専用車両クラス395として、日立製作所が29編成計174両を受注し、2007年8月から引き渡しが始まった。車両はHSBC Rail UKが保有し、サウスイースタンが列車の運行を担当する。
UIC規格路線を走る初めての日本製高速鉄道車両であり、HS1上においてTGVベースのユーロスターと混在して運行される事となる。営業最高速度は、HS1上で140マイル毎時 (225km/h)、在来線では70mph (112km/h) で、将来的には時速170mph (275km/h) を目指す。
中華人民共和国
中華人民共和国は北京 - 上海間1,300kmの京滬高速鉄道など、8路線合計7,000kmの旅客専用線(最高速度350km/h)をはじめ、中国全土に最高速度200 - 350km/hの高速鉄道網の建設を進めており、国産高速車両「中華之星」の開発で多くのトラブルに見舞われたこともあって、日本・フランス・ドイツ・カナダなどからの技術導入を図っている。
2007年から主要都市間の在来線高速化 (200 - 250km/h) 用にスウェーデンのRegina(カナダ・ボンバルディア製)をベースにしたCRH1型(CRHは“China Railway High-Speed”の略)、イタリアのペンドリーノETR600(フランス・アルストム製)をベースにしたCRH5型と共にJR東日本のE2系(川崎重工製)をベースにしたCRH2型「子弾頭」が、2008年の夏季オリンピックに合わせ開業した北京 - 天津間の京津高速鉄道 (350km/h) にはCRH2型の旅客専用線仕様とドイツのICE3(シーメンス製)をベースにしたCRH3型が導入された。一部は完成車で納入されたが、残りは部品の現地組み立てまたは技術供与による現地生産となっている。
なおJR各社では、JR東日本が受注に積極的なのに対し、中華民国への技術供与を行ったJR東海の葛西敬之会長は、法整備が不十分な中華人民共和国においてトラブルが発生した場合の責任問題や技術流出の危惧から反対の意見を表明している。
韓国韓国の高速鉄道「KTX」計画においては、日本の新幹線方式も入札に参加していたが、最終的にはフランスのTGV方式となった。
その他
世界的に見ると、高速鉄道を必要とする国には、日本の様に地理的条件や騒音対策、輸送量の面で過酷な条件に置かれているケースはさほど多くはないため、新幹線方式よりもコスト面でより有利なTGVに代表される半動力集中式を採用するケースが多い。
新幹線による貨物輸送いわゆる「貨物新幹線」は、東海道新幹線の建設時から構想だけは存在したものの(旅客列車のない深夜に超高速コンテナ電車を走らせる構想があった)、いまだに実現されていない。新幹線による貨物輸送は従来よりも経済的であるとされるが、最高速度や制動距離などの違いからダイヤグラム上で旅客列車と混在させることは現状では困難である。また、高速で走ったとしても積み替え等の時間が必要なことから、時間短縮効果が旅客ほど出てこないともされる。なお、約40年の時を経て同様のコンセプトを持つ列車が在来線で「JR貨物M250系電車(スーパーレールカーゴ)」として登場した。
東海道新幹線建設時の計画は、実際のところは世界銀行からの新幹線建設の資金調達のため、旅客だけでなく貨物輸送もあるというポーズをつけるための、ダミー構想といえるものであった。当時の欧米は鉄道斜陽論が台頭していた上、世界銀行のあるアメリカでは、すでに鉄道は旅客利用ではなく貨物が中心となっていたため、「旅客専用」の新しい鉄道建設を理解してくれないだろうから、建設資金を貸し出さないだろうと考えていた。しかしダミー構想ながら、新幹線大阪第二車両所(鳥飼基地)の京都側に、東海道新幹線の本線を跨ぐ構築物や、事業用地などに使われている線路用地の跡など、新幹線貨物輸送の構想の遺構が確認できる箇所もある。また、JR貨物の大阪貨物ターミナル駅は新幹線貨物輸送で大阪側の貨物取扱駅として用意されていた土地を転用したものといわれており、可能ならば実用化しようという姿勢自体は見られた。
2005年から建設が始まった北海道新幹線は、青函トンネルとその前後の区間を在来線の貨物列車と共用するため、同区間では片道あたり新幹線・貨物それぞれ2本/時しか走らせることができないと予想されている。JR北海道ではこのボトルネックを緩和する方法の1つとして、在来線の貨車をそのまま搭載する専用列車(トレイン・オン・トレイン)の研究が進められている。
運賃・特急料金運賃新幹線の運賃は、並行在来線の営業キロを元に決められる。これは元来新幹線が並行在来線の別線増設として建設されたという歴史的経緯や、運賃計算の繁雑化を避けた事によるものである。詳しくは以下の通り。
注:「並行在来線」とは、東海道新幹線では東海道本線、山陽新幹線では東海道本線・山陽本線・鹿児島本線、東北新幹線の東京駅 - 盛岡駅間では東北本線、上越新幹線では(東北本線)・高崎線・上越線・信越本線、九州新幹線の川内駅 - 鹿児島中央駅間では鹿児島本線のこと。
一方、新幹線と並行在来線とを完全に同一視すると旅客にとって不利になる場合を考慮して、以下のような例外がある。
詳しくは、旅客営業規則第16条の2、第16条の3及び第16条の4を参照。
特急料金新幹線(山形・秋田新幹線を除く)の特急料金は、乗車券や在来線の特急列車のような対キロ制ではなく、各駅の区間ごとに決められた、いわゆる三角表方式となっている。
新幹線と在来線の乗り継ぎについては、一定の条件で在来線の特急・急行料金を半額に割り引く制度がある(乗継割引)。これは、新幹線が開業する前は1本の(特急等の)列車で済んでいたものが、開業したことによって複数の(新幹線と特急等の)列車に分割されることによる合計後の特急料金等の負担増を軽減することをそもそもの目的として設けられたものである。
なお、制度上在来線である山形新幹線と秋田新幹線については、新在直通運転を行うという特殊性から、以下のような取扱いになっている。
また、九州新幹線には乗継割引の制度がないが、新八代で鹿児島本線の特急列車と改札を出ずに乗り継ぐ場合は、両方の列車を通じて特定の特急料金を適用する。ただし、鹿児島本線の特急列車からさらに山陽新幹線に乗り継ぐ場合はこの取扱いをしないなど、複雑な制度になっている。詳しくは乗継割引の項を参照のこと。
営業上の競合など航空便との競合長距離移動においては国内航空便との競合が続いていたが、航空会社の規制緩和による各種割引運賃の一般化(早割、特割、激割など)や、さらに旅行業者とタイアップして宿泊料金込みで格安の料金を打ち出して来る航空便に対し、事実上、値段(運賃)の面では太刀打ちできなくなっているのが現状である。
また、航空会社によるマイレージサービスの存在も大きく影響している。高頻度の利用客に対し通常より多いボーナスマイルや専用ラウンジの用意、渡航先宿泊の割引など高いサービスを与えて優遇する制度があり、これらのサービスが存在しない新幹線を利用しない旅客も多い。エクスプレス会員に対しポイントシステムを開始しているが、そのサービス内容や、高頻度利用客への優遇サービスは格段の違いがある。さらに新幹線には飛行機のような手荷物検査が一切ないので、セキュリティの面で不安感が残っている点も不利であるともいえる。しかし、新幹線には、割引料金に対する予約変更の優位性、発車場所へのアクセス性、前後のアクセスにJR線を利用する場合に運賃通算が可能、本数(輸送力)の多さと定時性、手荷物検査や持込品目の制限などの煩雑さがない優位性がある。
航空会社との対抗については、航空路線と競合する区間を中心に割引率の大きい特別企画乗車券の発売や、ビジネス客の多い東海道・山陽新幹線ではJR東海エクスプレス・カードとJ-WESTカード(エクスプレス)による「エクスプレス予約」、東北や上越・長野新幹線では「えきねっと」といった、運行会社自身の会員制インターネット予約による割引特急券の発売が行われている。とりわけ2006年の神戸空港や北九州空港の開港は、競合する東海道・山陽新幹線への影響が大きく、「エクスプレス予約」の山陽新幹線への拡大、300km/hの高速性能と700系車両を上回る居住性の両立を目指した次世代車両であるN700系車両の共同開発など、それまで対立の多かったJR東海とJR西日本両社は連携を強化する体制に転換しつつある。一方、航空会社も東京 - 大阪間でのみ使える予約変更自由、航空会社選択自由のシャトル便往復割引を導入して迎え撃っているほか、羽田空港の滑走路増設による発着能力増強や、横田空域の一部返還により、更なる所要時間短縮による競争力強化が見込まれている。また、京浜急行電鉄や名古屋鉄道といった空港連絡鉄道路線を持つ鉄道各社とのタイアップも行っている。これらの鉄道会社が保有する路線の多くは、JRの在来線と競合しているため、その影響もあると見られている。
なお、JR各社がインターネット予約サービスを設けているが、主にビジネス客向けの会員カード制である点や、それぞれ各社が独立して運営しているので、JR同士であっても会社が異なると発券や割引が受けられないといったことが起きている点は、閉鎖的なサービスとみられ、航空会社のそれに比べると劣っているともいえる。
なお山陽新幹線においては、終点である博多駅と福岡空港がほぼ隣接しているという他の地域にはない特徴もあり、福岡 - 名古屋間では新幹線と航空会社との競争が非常に激化している。福岡 - 大阪間は従来競争が激しかったが、「ひかりレールスター」の登場などにより、鉄道側の巻き返しが見られる。
他の鉄道との競合
高速バスとの競合高速バス昼行の長距離では、たとえ格安であっても新幹線の速度と定時性にはかなわないものがあるが、既出の例を含む中距離区間や、新幹線が中心とされた東京・大阪間を初めとする区間を夜行バスで寝ている間に格安で移動できるということで、1980年代ごろから人気が出ており、国鉄の名残からJR新幹線沿線をJRの子会社が運行する路線もあるが(東京-名古屋・京阪神間が中心)、JRグループ以外の競合会社(私鉄・専業系路線バスのほか、貸切バスによる会員制ツアーバスもある)の進出も急増し、各JR新幹線と実質競合している。高速バスは、バスの特性を生かして都市の市街地(東京の新宿や渋谷、名古屋の栄、大阪の梅田や難波、広島の紙屋町、福岡の天神など)やテーマパーク(TDRやUSJなど)に直接乗り入れるなどしているため、新幹線の駅を結ぶ競合でなくても新幹線の客を奪っているのである(ただ、運賃と所要時間が違いすぎるため、直接的な新幹線との競合というよりは、利用客のニーズの違いで使い分けられている感が大きい)。なおJR新幹線は協定により深夜・早朝の運転を行わない。
政治の影響
新幹線の建設に関しては、その開業効果が大きいことから沿線の利害に関係することとして、建設時より様々な政治介入がなされてきたといわれる。
最も古い話では、東海道新幹線の建設時に起こった、京都駅の設置是非をめぐる問題や、大野伴睦の介入による岐阜羽島駅の設置騒動がある(ただし、岐阜羽島駅の設置には関ヶ原の降雪対策という、政治的な影響力とは別の理由もあり、政治力のみで設置されたわけではないと言われている)。
また逆に、一度は着工された駅新設が、その新設を争点とした選挙での県知事交代によって凍結に追い込まれた滋賀県の南びわ湖駅の例もある。
世界の高速鉄道の呼称日本では、新幹線という単語が既に高速鉄道そのものを意味する普通名詞と化しているため、報道などでは日本国外の高速鉄道についても国名を付けて「○○新幹線」「○○版新幹線」「○○の新幹線」と広く呼ばれている(例:TGVはフランス新幹線、ICEはドイツ新幹線、KTXは韓国新幹線、ER200はロシア新幹線、HSRは台湾新幹線など)。
しかし、日本の新幹線は車両、軌道、架線、信号(ATC) などを総合した独自のシステムであり、ミニ新幹線を除けばヨーロッパのように在来線と相互乗り入れしているわけではなく、他の高速鉄道システムとは区別することがある。英語では、日本の新幹線はShinkansenと表記される様に、新幹線とは日本の高速鉄道システムの固有の名称として取り扱っている。技術的には、他国の高速鉄道と異なり在来線とは独立したシステムとなっているのが特徴で、動力分散方式など独自性が強いのも特徴である。
駅での新幹線案内表示
警笛・走行音など
地名における「新幹線」
静岡県
田方郡
函南町には「新幹線」という地名が存在する。これは戦後の新幹線計画からの地名でなく、戦前の弾丸列車計画時代に新丹那トンネルの工事を行うための従業員宿舎が置かれた場所である。工事終了後に宿舎は撤去されたが、その後同地に住宅団地が建てられ「新幹線」という地区が生まれる事となった。この地区には新幹線公民館や「幹線下」という名のバス停も存在している。
新幹線に関連する作品・商品映画・テレビ・映像
小説
歌・絵本・キャラクターなど開業以来主として幼児・年少の子供に対し、多数の新幹線に親しむ様なアイテムが作られた。
ゲーム
鉄道模型各車両記事の関連商品の項を参照のこと。
関連項目
脚注参考文献
外部リンク
*しんかんせん
*しんかんせん
---------------------------------------------- 出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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