略歴
- 実家は道善寺という本門法華宗のお寺である。父は会社員と住職を兼任。
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1981年、全寮制の日生学園に入学。しかし、寮から脱走しそのまま中途退学した。今田が在籍していた当時は、朝5時起床、校外への外出は春休み、ゴールデンウイーク、秋の帰省、冬休みのみで、寮生活は上級生が下級生を奴隷のように扱う等といった厳しい校風であったといい、先輩からの強制的な同性愛行為を恐れた末の脱走だったという。
- その後、清風高等学校定時制課程普通科に入学。昼間は日本一若い店長になる事を目標にしてラーメン屋で働いていた。
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1985年、定時制高校を卒業した後、芸人を目指し吉本総合芸能学院(NSC)に入学。NSCでは4期生で、同期に130R(ほんこん、板尾創路)がいる。デビュー時は、ほんこん(現・130R)とお笑いコンビ『ダブルホルモンズ』(当時ほんこんは「骨付きカルビ」、今田は「上ロース」という芸名だった)を組み活動。しかし、時間にルーズな今田に腹を立てたほんこんが、ある日今田の家に訪ねた際に、今田がバドワイザーのミニボトルを片手に酔っ払っている姿を見て失望し、1986年に解散。ピン芸人として活動する。
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1989年、「4時ですよーだ」終了後、東野幸治らと共に吉本新喜劇の補強メンバーとして活動。時には座長として舞台をこなす。
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1990年にダウンタウンを慕い東京進出。「ごっつええ感じ」で全国的な知名度を獲得する。以来ダウンタウンの番組出演のほか、Wコウジとして司会などで活躍した。
- 現在は多数のレギュラー番組に出演しているほか、ルミネtheよしもとで新喜劇の座長も務めている。
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2007年、不定期の特番として放送されていた日本テレビ系バラエティ番組「今田ハウジング」が、3月7日から水曜19:58~20:54の時間帯にて1年間、レギュラー放送された。自身初のゴールデンでの冠番組となった。
人物
趣味・嗜好
- キレイ好き(潔癖症)で知られ、酔って自宅に戻った後でも部屋の掃除と洗い物は欠かさない程。掃除グッズおたくでもある。
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ブルース・リーの大ファン。自宅にはブルース・リーのフィギュアやポスターが部屋中のいたるところに整然と飾られていて、自らが「ブルース・リーBAR」と呼ぶスペースまである。
- 芸能ゴシップが大好きであり、東野幸治と共に「吉本のゴシップ兄弟」を自称している。東野曰く「今田の兄貴は難しい漢字は全てゴシップ誌で学んだ」。
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天津木村のエロ詩吟を絶賛している。今田の父親も詩吟界では、名が通ってる人である。今田が久しぶりに実家に帰った時、今田の父親は、今田に天津木村が詩吟界で「今、すごいらしい」と言ったという。それは、いい意味ではなく悪い意味で悪名高いとやりすぎコージーで公言。
- 大の桜田淳子のファンであることを番組で明かした。
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北川景子のファンでもある。(IQサプリなどで発言。)
- 漫画愛好家であり、自宅に漫画を読むための部屋を持ち、複数の雑誌も購読している。また、アニメ通であり「IQサプリ」の収録中えなりかずきと「エヴァンゲリオン」のヒロインについて盛り上がったことがある。また、本人はアニメ映画「マインドゲーム」の主演を果たしている。
- 趣味はピアノで、テレビ番組で坂本龍一の「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」や久石譲の「Summer(映画『菊次郎の夏』テーマソング)」を番組で演奏した事もある。テイトウワのプロデュースで「KOJI1200」(後に「KOJI-12000」)として歌手活動を行っていた頃のインタビューではニューウェーブへの造詣の深さが語られており、音楽的なセンスを持ち合わせている事が伺える。その知識を買われ、お笑い芸人にも関わらず『TK MUSIC CLAMP』にゲスト出演、小室哲哉と対談した。またビートたけしとも交流があり、たけしからピアノをプレゼントされた逸話は有名。
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格闘技好きとしても知られ、パンクラスの道場に足を運んでは身体を鍛えている(これが縁で、パンクラスに参戦していた頃の須藤元気が『誰でもピカソ』に出演した事があった)。また、テレビ収録の空き時間に筋トレをしている姿が岡村隆史らによって目撃されており、それが若々しく見える秘訣ではないかと推測されている。
- 前述のように、高校時代にラーメン屋で働いていたこともあり、野菜の千切りが非常に得意である。
交友関係
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東野幸治とはデビュー当時に舞台で知り合い、意気投合。「4時ですよーだ」などで2人でコントを披露して以降、多くの番組で東野と共にMCを務めた。東野と共に『Wコウジ』と称されているが共にピン芸人である。
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福山雅治とは1992年に自身のラジオ番組にゲストとして招待して以来の古い付き合いであり、福山のアルバム『SING A SONG』では今田が収録全曲のレビューを執筆した。時々アダルトビデオの交換をする仲でもある(文化放送『Come on FUNKY Lips!』にてゲストの福山が事実を認める)。
- その他、仲の良い有名人は親しい人物参照。
同業者からの評価
- 『ごっつええ感じ』のコント、「MR.BATER」において松本人志から「そんなんやから週刊誌に『ダウンタウンの腰巾着』て書かれるんや」「二線級のタレント」などとからかわれたことがある。しかし実際のところ今田に対する松本の評価は「生涯で稼ぐ金額は今田の方が(松本自身より)上やないかなあ」と言わしめる程高いもので、放送室でも「松本軍団の中で誰が一番優秀か」と問われた松本は「せやねぇ、うちは厳しいよ。でも今田かな。」と答えている。
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2000年9月に、フジテレビの『明石家マンション物語』代表として、明石家さんまらと『めちゃイケ』内のコーナー「しりとり侍」に出演したときは、さんまとの丁々発止のやりとりでレギュラー陣を圧倒し、「さんま兄さんはすごいが、それを光らせた若頭(今田)があってこそ」と感心させた。またナインティナインからは「お笑いお化け」とも称される。
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ガダルカナル・タカは今田をライバル視しており、「やしきたかじんの番組」の番組で「芸能人の中で、この人には勝てないと思うのは誰?」という質問に今田を挙げている。また、今田が若手時代のころにタカが大阪の番組で共演し、「東京の番組には来てもらいたくないなあ」と今田の実力を高く評価していた。
- 『やりすぎコージー』に寺門ジモンが出演した際、「リーダーがよく、『今田は天才だ』って言ってるよ」と、ダチョウ倶楽部のリーダー・肥後克広も、今田のお笑い能力を絶賛していることを本人に明かした。その際今田は、恥ずかしそうに流していた。
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土田晃之など後輩芸人からも、実質的な相方・東野と共に「『雛壇芸人』のお手本的存在」と言われ尊敬されている。土田は二人について「今田さんや東野さんと絡むと、僕がどんなにすべってもあの二人が面白くしてくれるからやり易い」と発言している。また『銭形金太郎』において、ロケ先の子供からの「一番面白い芸人は誰?」という質問に対して「I・Kさん」と回答している(ちなみに一番面白くないのは「A・MAX」とのこと)。彼ら若手お笑い芸人の飲み会では、今田の凄さを語り合うだけで数時間盛り上がれる程らしい。
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2004年の島田紳助謹慎騒動に伴い、幾つかの番組は紳助の代役として今田に白羽の矢を立てた。それらの番組で今田は期待以上の働きぶりを見せており、特に『開運!なんでも鑑定団』での代役司会ではテレビ東京の菅谷社長から絶賛されるなど、彼のタレントとしての能力の高さを再認識する事となった。その為か、司会の仕事も増えつつある。
- 『たけしの誰でもピカソ』で長年共演しているビートたけしからも、その司会やコメントの能力に対して「今田の切り盛り(司会)は上手えと思う。」と、2008年4月4日放送の同番組内で高く評価された。ちなみに今田は「落ち込んだ時には今の場面を何度も見返します!」と非常に喜んでいた。また、そこで培った信頼関係があったからこそ、『FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』の番組中、暴走したたけしが車で今田を轢く(実際は軽く当てた程度だが)という暴挙にも出られたとも言える。
主な活動
テレビ
- 単発
過去の出演番組
CM
テレビドラマ
ラジオ
舞台
映画
- 遺産相続(1990年)
- ダウンタウン松本人志の流 頭頭(1993年)
- ミナミの遊侠伝 なんぼのもんやねん(1994年)裕二役(映画初主演)
- バースデイプレゼント(1995年)
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ギブリーズ episode2(2002年、スタジオジブリ) 米ちゃん役
- ぼくんち(2003年)
- マインド・ゲーム(2004年、声優)
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蝉しぐれ(2005年)
著書
CD
- 親父の唄~ラスベガスバージョン(今田耕司・東野幸治名義、BMGファンハウス、1993年)
- チュンチュンワールド~おげんきたいそう(大和田りつこ、岡崎裕美、今田耕司、東野幸治、池谷幸雄、こどもコーラス元気隊名義、日本コロムビア、1994年発売。NHK「みんなのうた」)
- SO・YA・NA
- SO・YA・NA(WEST END×YUKI from O.P.D.名義、1995年)
- SO・YA・NA グレーテストヒッツ(WEST END×YUKI from O.P.D. 名義、1995年)
- フォークがSO・YA・NA(WEST END×YUKI from O.P.D. 名義、1995年)
- : 「EAST END×YURI 」の楽曲「DA・YO・NE」を大阪弁でカバーした企画もののCD。「EAST END×YURI」のパロディー企画物ユニット「WEST END(今田耕司、東野幸治)×YUKI」を結成し、1995年にEPICソニーから発売された。「SO・YA・NA グレーテストヒッツ」では、1曲目と6曲目を石野卓球が手がけている。「フォークがSO・YA・NA」とアレンジバージョンが作られ、そして「DA・YO・NE」の方言カバーのご当地ソングを集めたCDアルバムにも収録されている。
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テイ トウワプロデュース作品リスト
- ナウ ロマンティック(KOJI1200名義、1995年)
- I LOVE AMERICA(アメリカ大好き!)(KOJI1200名義、1996年)
- DUET!! (KOJI-12000名義、1997年)
- DISGUSTING(KOJI-12000名義、1998年)
親しい人物
関連項目
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)